考え方の違いや文化の違いによる住み分けというよりも相手の価値を引き下げる純粋な戦い
近代性を前提としたポストモダンではあると思うんで、私のような家庭内定住型ホームレスは、まあでもポストモダン的であるかもしれないし、前近代的な野蛮さでネットにのみ居場所を確保し、オンライン以外は24時間PCに何らかの仕事を与えていたり、全く無為に無意味に点けっ放しの時も大半だが、私のPCがオンラインかオフラインかは措いといて、PCの前を離れた私の不在こそが人格の喪失で睡眠障害に悩み、だるだるではてしなく気分が重くイライラしらながも眠くまぶたが開かなく、でも眠れない状態でリビングデッドとして緩慢な動作でうろうろミリ単位10分ぐらいの速さで移動というか寝返りを打つような感覚で河岸を変えて快眠できそうな姿勢や場所を模索し、意識混濁低迷して半日過し、なんとか意識が明瞭になってきて、「あの地獄はなんなんだ」と半日を振り返り、最悪は16時間も眠れないのか寝ているのか判別不能の意識で過す。
でもまあ夢うつつで夢か現実か判別不可能な状態でないのが救いではある。椅子に座ってPCの前に居ることが多いせいか、ふくらはぎから下がむくみを感じてしょうがない。ふくらはぎのむくみとは言っても浮腫んでいる状態というのか言わないのか私には分からない。触った感じでは変化が無い。ただ水が溜まっている流動性が低下しているのを強く感じる。この座っている時間が長いせいか、睡眠が上手く取れない。寝ている時にふくらはぎが気になって起きる。足をばたばたさせて流動性を回復しようと思うが利かない。
一度起きるしかない。睡眠の中断。血糖値が下がった感じで血の気が引いて体が重くなり目が覚める。何か口にしないといけない状態なので何か食べなければと思う。睡眠の中断。鼻が悪いというかアレルギー性鼻炎体質のせいで、環境の変化についていけず様々な拒否反応がある。痒くなったり鼻づまり(文字道理詰まったり、鼻水が止まらずで、どちらにしろ息苦しい)だったり。
環境の変化とは、体温の上昇と気温の上昇、空気の入れ替えなどや臭いや匂いなどの変化にも過敏だ。乱視が強いので見続けると焦点のズレが生じ眼も脳も疲れて眠くなる。私は足の裏が熱くなりやすい。靴下とかすぐ脱ぎたくなる。足の裏が熱くなって眠れないことも多い。そんな感じで微妙に管理が複雑な身体機能を抱えている。環境の変化に過敏な性格で緊張しやすいのは両親の教育や生活能力の低さにもあると思うが、アレルギー体質のせいでもある。
環境の変化に過敏な元々の身体的性質で緊張しやすい神経質な性格になったのかもしれないが、やはり人間なんで気分がリラックス状態で日常を過せる時は、身体症状が緩やかで気にならなく、躁状態になる。躁状態にも嫌悪感があるんで、抑圧された性格になってしまう。躁状態と上手く付き合うのも大変だと思う。気分が落ち込んでいる時以上に危険だ。
気分が落ち込んでいる時があったからこそ危険な状態だと回避したくなる。そんな行き詰まりから私は社会的ひきこもり状態に嵌ってしまったんだと思う。躁状態と上手く付き合う方法を模索したいってことが言いたかったんです。ある種怒りも躁状態かもしれない。他者に責任を取れと迫る行為。気分が落ち込んでいたら全ての営みが私の気分が落ち込んでいるせいだとの思考回路の罠に嵌り、何もしたくなくなる。
私は気分が浮いたり沈んだりするけど、思考回路の罠に嵌っているのは感じる。唯一私が自信が持てる点は、思考停止での静止状態の選択行為だ。そこだけが人格が安定する居心地が良い安定した仮の落としどころ。安定した思考回路の高原と表現可能かもしれない。あとは家庭内からも現実世界でも足の引っ張り合いの中で、社会性を身につける方法が難しいし、私は拒否も拒絶も可能な位置に居る。
私にも根深い憎悪と拒絶と非社会性がある。それとは反対に社会性は非常に私には魅力的にみえる。でも眩しすぎる。家庭内外から絶え間なく私の価値を引き下げようと足を引っ張られもするからだ。私の価値を引き下げることで自分の価値を高めたいんだろうと揶揄は可能だが、そこで状況に対するユーモアは持てない。対抗するには沈んでいくに任せるだけだ。ブログ上でも沈み込んで行きます。