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内面に埋まった暗黙知の遺跡を発掘せんがために私はブログを書いている(前半パートはプレリュードでただの日記)

お酒飲みながら考えもなしにテキストエディタに書き始めます。一度途切れたものを再スタートさせるのは難しい。挫折の連続だ。今日も昨日も気持ちが乗らなかったので日常を書き記した日記が書けそうもない。運が乗ってきたと思ったんで一度閉じたコメント欄を開放してみたんだけど、その時点がラッキーのピークだったように思う。

昨日も集中力を欠いて、電子レンジから粘着性が非常に高い食べ物をいつもはやらない片手で取り出したら、容器が事前予想が外れ柔らかくて落としそうになったので動揺と混乱をした隙に手に付着してしまった。落としそうになった時点で潔く落としとけばよかったんだが判断ミスで内容物を無駄に切り捨てないようにかばったため、沸騰している粘着食品が手に掛かった。やけどは非常に恐ろしい。

一瞬は何も感じなくても物凄い力で、体の芯まで火傷が届いてしまう。包丁など鋭利なものを扱うときはいくら鈍感な私でも極めて細心の注意と緊張感と集中力をもって作業に全身を向けて接するのに、電子レンジからマグマのように沸き立つ食品には威圧感が少なく、低レベルの低俗な危険度に脳内認定を瞬時にされてしまう。よそ見しながらしかも落ちそうなのをかばったり、それに加え片手で余所見をしながら半身で取り出した。

バカな行動を自分のことながらしてしまい、昨日は凹んだ。ネットで調べて合計にすると20分から30分は流水で休み休み火傷を冷やしたりした。火傷って怖いなと時間したしダメージが一生残ったらどうしようと混乱しもした。手の表面に粘着物が掛かったってだけで内側の深いところが鈍く痺れるように痛む。神経にダメージが行ったんじゃないかとそればかりが心配だった。もともと心配性で神経質な性格なんでおどおどしまくった。多分自然治癒で完治したと思うがなんか指の動きが気になるような気もする。

微妙に気のせい的心理的負担というか精神的な後遺症が残る。バカなミスをしてしまった後悔からくる日常の思考回路に占める割合的ダメージ。火傷ってほんと恐ろしい。目に見えないので恐ろしい。傷の度合いが表面に形になって表れることがなく残る場合もありそうだ。ブログはその点、内面に広がる風景を私は一年近く書き留めてここまで来たからブログにおいての思い出もたくさん出来た。

ブログを世界中から瞬時にアクセス可能なURLへブックマークから訪れると自分の庭のような気もするような、間違った考え方のような気もする。私の管理物件ではあるがショウルームやモデルハウスにイメージが近い気分になる時だって私にはある。分からない。解釈の自由度が高い気もするし、閉鎖空間のような気もするし、どうなんだろう?私について他者にはどう思われるんだろう?

それをうっちゃって勢いだけは失ってはいけない第一に考えなければと直感はしている。勢いがあるように見られなければならないし、勢いの可視的運動性(成長力?)を保持しなければならない。それに水を差されるのを私は極端に嫌うしかない本能的に。コメント欄をいままでひきこもりながらオープンにしていたのは単純に他者の理解を得たいためではない。そのあたりの解釈や理解は1000個くらい思考力の限界を超えて想像してもらいたいものではある。

この無駄に長文を書いているのもいままでの流れってもんもある。そんな感じ。勢いを失ってもムードを練り上げていかなければならない。それだけが誠実だと思っている。だから長文を無駄に書いている。集中力、注意力、話題、整理整頓能力が著しく欠けていても、内面に埋まった遺跡を発掘せんがために私はブログを書いている。

「遺跡」は悲惨な記憶でもいいし、先祖代々受け継いだキャラクターでもいいし、人類の暗黙知でも、様々な種類や状況へアイディアでもなんでもいいし、そう言い換えて欲しいし、もっと自由に前向きにも後ろ向きへで善悪の二元的判断ではなく立体的なかつ時代も自由自在に現在の立場や気分から言い換え可能だ。

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