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私がブログを運営している付き合って貰ってる感みたいなものについて

髪が切りたい。耳に髪の毛が自由に乗っかかって来てうっとうしい。そんな訳で外出すべき理由は沢山、山のようにあるのだがキニシナイ。桜にかこつけて一日中公園でお酒飲み放題な日本列島の雰囲気ぽいけれども、夜桜も限りなく白に近いピンクと枝のなんとも表現できない樹皮の茶色と質感の柔らかい硬さ、背景の空の濃く黒に近いが藍色にも見える色の絶妙なバランスと薄寒く新鮮で清廉な春の気候、そんな感じをお酒を飲みながら雰囲気だけでも桜を見てはいずとも、近くで常時知覚しつつお酒を飲みたい。超飲みたい。いまなら一日中お祭り騒ぎ的に他者の存在を感じつつ、同じ公園の敷地内に同じ時間に居合わせた偶然で仲間意識的な雰囲気にも勝手に浸れるだろう、人込みに紛れて、独りでも寂しくないだろう宴がひっそり開催しやすい。

何を書いているのか分からなくなってきたが、最近ブログをサボりすぎだなと反省している。私に集中力が欠けているからでビジネス的忙しさからではないです。でも忙しいのは忙しいし、仕事がこなせてないのはこなせてない。ひきこもり生活でのルーティーンワークすらも集中力が欠けていてこなせてない。ひきこもりなんて楽しいからやっている訳ではない。疲れている。眠い。なのでブログなんか書けないし、注意力も集中力も欠けているし、知能の低下も分かっている。幼児退行ぎみというよりそのもの。そんなら幼児退行ついでに、ネット上の幼児そのものと化して自由に発言し、24時間ブログ更新しまくってやる!とか思うだけは思う。実現不可能。能力の限界。幼児退行した怠惰なキモヲタがゴロゴロ寝て暮らしているというだけで、ブログネタになんかなりもしないしょうもない日常生活なだけで、それ以上の意味もそれ以下の意味も持たない。少なくともそれ自体は。私が文章をタイプすることで初めて描かれる現実なだけであって、私がサボれば誰の目にも触れない。それにコレを書いていても誰も読んでいない。私も他者のブログなんて読んでいない。厳密にはソレは嘘なんだが。読んでいるし読んでいない。斜め読みで済ますブログが大半だ。話がズレたが、私の言いたいのは、ブログを24時間更新し続けるひきこもりになりたいとか思ったり思わなかったりするし、思うとしたら、それは時間的余裕があるつまり24時間暇を持て余しているというただ一点で、思わないとしたら、集中力も注意力も無く誤字脱字が多いので書きっぱなしという訳にはいかない、加筆修正もしなくてはならないし、ただ書けばいいってもんでもなく、メンテナンスやフォロー等裏方の作業も含めたブログ更新な訳だし時間は有限なのだしそんなパワーが沸いてこない無気力さに悩んでいる。なによりミスタイプが後から見直すと多いので、漏れって集中力と注意力がないなーと思わされてしまい凹むし怒りが沸いても来る。でも怒ったりしなくそのベクトルはただひたすら自己嫌悪へと過剰に向かう。自己嫌悪から眠くなる。寝込んで暮らす毎日なんです。書いた記事を読み返すと証左として直ちに、現実的な形として私は私の健康状態が可視状態として分かる。ミスタイプが少ないと普通の人間だし、ミスタイプが多い日は自己嫌悪に陥っている日々でしかない。分かりやすい単純な人間だ。ちっとも複雑でも頭が良いとかも思ってないが他者には信じてもらえないものらしい。

48時間か、72時間を1日単位で生活しているみたいだ。私のブログ更新頻度からするとそう観察でき解釈可能だ。でもミスタイプ(何の話題の前準備もメモもないまっさらな思考回路から即興で直感的かつ情緒的に捻り出しながら、しかも考えるスピードに手が追いつかないのでその即席の情念のイメージ(妄想)を冷めさせないようにと焦る気持ちからミスタイプはしょうがないのはしようがないのではあるんだが……弁解するとそんな感じで頭を使った時ほどミスタイプ、言い間違えが多いのかもしれないという楽観的な考え方もしていることも注釈として長々書いておく)にタイピング中に気づかないのはどうにかならないものか?能力の限界で自己嫌悪だし、そのチェックだけでかなり疲れる。どうせ誰もこんなブログ読んでないんだしナンセンスな徒労だし不必要な心労だよ、とか書くと反感を買うのも私は理解しているつもりではいる。とりあえず自分勝手にでも何でもどんな手段を使ってでも、自分にだけ機能する独自の論理を発明し自信を持つしかない。幼児退行しているなら、このチャンスに賭け、幼児的万能感の能力を習得に努めようと思う。君は眩しすぎて、自分が情けなく感じさせられる僕と釣り合ってない、とかたわ言をブログ上でほざいてばかりいるなって思う。結局は結論として、過去ログにてそんな愚痴ばかり書いてしまっている。もっと遊ばなければならない。もっと自由に何でも書ける余地はあるんだし、もっと楽しく自由に書くことだって出来る余地もある。そんな自分だけに与えられたネット上のスペース(ブログ)なような予感もしている。24時間書き続けられそうな気もしている。

ここのところ、John Coltrane / Naima (試聴可能 左上09曲目 公式サイト)の4Heroによるカヴァー曲の一曲のみを3日間くらいPCでLilithにドロップしてエンドレスリピートで聴き入っている。なんかこの曲から離れられない。奇跡的にバランスの取れた、ポップな解釈(ブラジリアンボッサでかつラテンでサルサでワルツ調の曲調でウッドベースもダンサブルな)だけど落ち着いていて気の抜けた味わい深いジャズ曲。なんだけど、同じ曲をエンドレスリピートって漏れってしつこい性格だな~と、なんともコメントしようのない気持ちにもなる。曲中少ない音色で音階(メロディー)が階段的に階段をゆるやかながらもしっかりと踏み外さないように上下に行き来するツインソプラノサックスの微妙な寂しさ、と曲の終わりの少ない音色ながらも、音階が一歩ずつ着実にどん底から這い上がって行くかのようなツインソプラノサックスの微妙な希望観がなんとなく気になってしょうがないし好き過ぎる。

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