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なんか無力感に襲われる。

なんか無力感に襲われる。まぁ、しょうがないんだけど。働けよってサインなのかもしれない。どこを見渡しても「春」とか「新生活」とか前向きな輝かしいキーワードが私の眼球に射すように眩しい。やめてくれ。そんな気分でなんか体の底から震えのような寒気のような緊張感(焦燥感というより緊張感がぴったりくる表現)が襲ってくる。窓も開けてないのに、気温というか空気というか春の気配が感じ取れる。私も生活が建て直せるものなら建て直したたいが、今住んでいる場所に過剰な嫌悪感がある。この嫌悪感をどうするかが私には大問題だ。一歩身を引いて距離を置くのか、耐えるしかないのか、どちらを選択すればいいのだろうか?いつもそう思う。し、なにもかも考えるのも問題を意識するのも面倒で思考停止にも陥るし。

そのうちなんとかなると結局は自分に言い聞かせるしかない。なんとかなる、なんとかなる。なんとかなる。そんなもんだ。呪文だ。自分の価値の無さを、何も行動を起こさないことで加速させているようなもので、なんらかの前向きな行動を起こし歯止めを掛ける必要があるのは頭では分かっている。でも何も行動を起こさないことで、私はもっと自分の価値の無さをあらゆる角度から自覚させたい。私は価値の無い人間だ。私の何もかもが価値が無い。一度動作が停止した巨大な怠慢さはもう二度と再び動き始める能動的事態は永久に起こらない予感がする。でもそれでは何か嫌な予感がするのか、それとも感覚の違和感による自家中毒なのか、先ほども書いたけど、緊張感から震えが体の芯から襲ってくる。薄ら寒い。興醒め。

それとも私が今春から何かを始める事を前提に、新しいことを始める前の緊張感なのか?そこまで私は想像力が逞しいのか?何も始める予定もないのに、行動を起こす前の準備と計画と心構えの段階の予兆に緊張している。言わば、舞台に立つ前でもその予定もないのに、舞台に立つ前のイメージが喚起される状況に緊張感から吐き気と寒気がする感じだ。私は他者に影響を受けすぎなのかもしれない。そしてインターネットで見掛ける人々は大学生が多いのかもしれない。毎年、就職だ新生活だ、生活が安定するまでネットは一時卒業するとかの、そんな話を目にする。そして毎年、それが私へのプレッシャーになってしようがない。私はどうすればいいのだ?とも思うが、私は最低に無価値な身分の人間だとも思うしその選択肢の方向で耐えるしかない。それが私の現実に即している身の丈に合った対処で、それ以外に有り得ない。

というか、私は思い込まされている。個々に思慮深く見ればいろんな人がいる。欧米人はどうなのだろうか?日本だと、新入学とか新入社員だとかの広告が過剰にもてはやされ、世間に好まれる時期なんだと思う。新し物(者)好きってことなのだろうか?余計に外に出たくなくなる。

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