覗き魔を発見して覗くのが好きな覗き魔 (前半は孤独の単なる報告)
今日は腰が痛くて立つのに一苦労しました。咳やくしゃみすると脊髄に決定的な衝撃が来るので抑える技術の習得に苦労したし、マスター出来たと自負しています。15時くらいから文字の通り腰砕けで立てなかったので素直に寝逃げしました。寝逃げとは言っても初めは不安で仕方なく孤独死とはこの状況のことを指すのだ、と言う言葉の呪縛を受け、このまま立てないで寝転がったままの生活に今日以降はなるのだという確信を裏付けそうな痛みに怯え、寂しくてしょうがなく、本を読んだりせわしなく焦った行動を取り気を紛らわせながら、不安でしょうがなかった。これからの人生への不安と腰の痛みと寂しさと、それらから腰の状況を観察するために横に寝転がり、痛みだけを見つめて時間を過した。その内、立てないながらも腰の緊張状態も緩み、ほんの微妙に動かしても大丈夫になったので、うつ伏せ状態から、体の左だったか右だったか覚えていないけど側面を下にして、立っている時の背骨のゆるいS字カーブを描けるように意識しその姿勢を保ちながら、足は抱え込むような位置が一番私にはリラックスできるので、そう持っていき寝逃げすることにした。やっと今回復した感じもするが、腰が痛くてしょうがない。特に立ったり座ったり腰を急に動かす時が。痛い。痛いのもあるし、障害が残るのではないかという心理的プレッシャーから怖い。怖いと孤独を必要以上に強く感じさせられる。寂しい。正確には寂しくてたまらなかった。
今はPCの前に座り文字が書けるくらいには回復できた。嬉しい。でも15分に一度立ち上がって腰を捻る運動をするように決めている。なんかその運動が有効な本能的予感がするので。後は手で腰を擦って温めたり、揉んだりしている。15分に一度というのがうざくて仕方が無いが、本当にそれを過ぎると腰がピキピキ痛むのでこのまま砕けそうな予感が強くする。こまめに立ち上がらないと本当にヤバい。
本当に横にも立ち上がれもしない、中途半端な姿勢の時、泣きそうになった。必要以上に孤独も感じた。いつもは自分の心を防御する壁を張り巡らせ、その防御壁のお陰で安心して笑って暮らせるのだが、今日は冗談じゃなく泣けた。実際には泣いていないけど、心では泣いた。人生の終わりを痛感させられた。孤独だった。今は全く違う。こまめに立ち上がりストレッチそしてまたストレッチ。忘れずすぐ作業を切り上げストレッチ。ストレッチをしないと。
お酒を飲みながらまた書いている。とりあえず上記は連絡事項として報告しただけで、ほとんど毎日座って生活している男の行き着くところを紹介してみただけで特に意味が無い。他にもいろいろな意味で孤独を感じる時がある。今日のように体から過剰な刺激が発生した時だ。私も文字だけの存在ではないので、ネット回線に住んでいる亡霊ではないので、生きているのでいろいろ個人的に寂しさを感じる。でもその辺は個人的日記とは言えども、書かなくてもいいようなことは話題として取り上げたりしない。私もリアルな人間なので、風呂に入ったり、歯を磨いたり、顔を洗ったり、今頭皮が痒くなったり、いろんな体の部位が痒くなったりすることもある。そんなことは書く必要も無い自然な人間の営みだと思っている。当たり前のことは書く必要が無い。そんなことより、私を知って欲しいのでブログを書いているのか?よく分からない。私が自分語りをしていると言われれば、反論したくてもなすすべが無い。でもこうは常々言いたい。当人が本当に切実に自分の人生の悩みや問題のように興味を持ってない社会問題を語る人物は私は信頼ができない。かといって私のように日々のニュースから全く遠ざかる方法もどうかしているのはどうかしている。そんなところか。
今日も愚痴か。明日も愚痴かも。体調不良がなければ、明日は根拠のない自信に満ち溢れ、小鳥のように希望を歌い語りたい。
今日鑑賞した映画で題名は面倒なので挙げない(そんな映画は最近は本当にたくさんあって、さりげない、同性愛を目的としていなく思える同性愛で友愛に近い?)、ハリウッド映画なのだが、普通の女の子に見える同性愛者がさりげなく描かれていた。男っぽくも見えるが女の子らしい仕草と少し体格が逞しいスポーツ少女と掃除好き清潔好きで料理好きの女の子のちょっとしたキスだけのシーンが挿入してあるエンターテイメント映画。最近はそういうちょっとした自然な嫌味の無いレズシーンが多い。どちらの女の子も私には魅力的にみえる。現実世界でも照らし合わせてみる。高校生だと思うが、制服を着た女の子同士で堂々と駅の人ごみの中を手を繋いで歩いていたり、私は図書館ぐらいしか行動範囲がないが、女の子同士で書架を前に話している2人組み。一方は堂々とした態度と目線で会話をし、もう一方は顔は俯き加減で上目使いで微笑を浮かべ遠慮がちながらも積極的に話しかけている。どんな関係だろうかと想像に浸るのが楽しい。が私は見ているを見ているのが好きな人間なので、出来事を見ている単純な人間にはなりたくないとか抵抗心を持ったりする。私は些細な出来事に注目している繊細な感覚の持ち主を発見するのが好きだ。私も注目した大半の人には取るに足らない出来事に萌える人物を発見してこっそり観察するのが好きだ。覗き魔を発見して覗くのが好きな覗き魔という風に例えて見せた方が分かりやすいだろうか?そんなことを書いて見せるテスト。というよりも外出への憧れです。酔っ払いです私、今。