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言葉遊びとマチズモ

今日は思考が拡散していくのを感じる。思考の結合力がない。もっと私が頭が良ければと悔やまれて仕方がない。語彙を自由に操る力や言葉で遊ぶ力があればと思う。という訳で今日も文章で遊びたいと思ってここに居る訳だが、玩具や玩具の武器や子供銀行のお札に私の文章をマジックのように変える程度の最低限の技術も持ち合わせていないので、途方に暮れもしている。でもなにか簡単なことは出来るはずだ。基礎体力を作るための文章の練習。今の弱々しいのび太程度の愚痴程度の文章能力をジャイアン並みの他人の所有物を自分の所有物へと所有権を手続きなしにスライドする力、言い換えると、他人の所有物を潜在的にジャイアン自身の所有物だとその当人に薄々ながら知らしめている力、自分の物なのにジャイアンから借りているような感覚を他人が新しいおもちゃを手に入れて浮き立つ気持ちに水を注すように知らしめて、力を誇示したい。

話に微妙だが、見逃せない大きなズレがあった。力を誇示したいのか、基礎体力をつける練習なのか、毎日少しずつ文章を書く遊びをする試みなのか。まとめると簡単な事かもしれない。毎日少しずつ文章を書く遊びをする試みで、それは基礎体力をつける練習でもあり、その結果力を付け、行き着く先か目標とするのは、力を誇示したいということなのか?意識していないところで、私が嫌いなマチズモ(男性優位、肉体優位のマッチョ主義)の考え方の罠に見事に嵌っている。のかもしれないし、違うのかもしれない。私も男性なので、単に男性らしくと思う自然な感情の表れかもしれないし、両親の教育から逃れられないのかのどちらかだろう。

行き詰まったので、この辺りで終わります。

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