雨の日は嬉しい
何かを書こうとは思ているだけでも、書いて後から読み返し、これは公開するのは止めておこうと判断するのも、なにもかも面倒だ。その公開する基準を決めているのは私自身なのだが、基準の幅が狭いのではないかと疑問に思う。読み返してこれは失敗した、というのはまとまりのない、方向を見失い、私の不満が迷子になっていて開放されない文章、怠慢で救われる気がしない文章であると私が感じれば公開したくない。もう一つ基準があるとすれば、文章の終わりまで集中力を保ち書けたか?である。読み返しても集中力が途切れたら文章に表れているのが読み取れる。という公開を前提にまた投げやりなことを書いているけど、私が楽しんで最後まで気持ちよく、気持ちが後ろ向きにならず文章が書ければ、その記事はなんらかの達成感を感じ、今日の日記として公開しようという前向きな気持ちになれる。日記を書けない、もしくは公開したくないときは、後ろ向きの気持ちに心の全体を完全に支配された日で今日一日は家で閉じこもって鬱々としていました、ということになりますし、ブログ更新のない日はそう思ってください。『この人は退屈に蝕まれて怠慢からブログ更新を休んでいるんだ』という理解でOKです。もし私が忙しければ気持ちも前向きになり、忙しい状況などを正直に伝えるつもりです。
連絡事項というかメモのようなものは、過去ログの読みにくさをCSSをいじることで解決できるかなと思っていたけど、手動でやる方が早いかなと考えていること。
最後に一言、今日は一日中雨で外に出ずに済む自分に対する言い訳ができた日で、ひきこもりの私としては心理的に楽ができる日である、雨の日は。面倒で外に出たくない日がここのところ続いているのだが、外的要因で外に出にくい状況はすごく嬉しい。