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私がリスペクトするひきこもりの成功者たち

何度も繰り返し言ってますが、ひきこもりは古今東西珍しい現象ではなくよくあることでした。「ひきこもり」が日本において概念として意識されたのが最近のことで、意識されるきっかけが不登校などの教育問題からというより日本経済の低迷の側面として意識されだしたのではないだろうか。私が想像するに高度成長期やバブル時代のひきこもりは世間に見せるのが恥ずかしい家族といった類でひきこもることを寛容されていたのではないだろうか?

私がひきこもりを意識したのは島田雅彦が書く初期の小説からで、自意識の牢獄に囚われた人物を主人公としているところに自分の想いを代弁してくれている小説家、思想家といったとっかかりだった。中沢新一などが注目されていた時代でした。ひきこもりの代わりに無気力な若者といった言い方がされていたと思う。ニートもこの頃はファッション用語を意味していた。(neat)

他にリアルタイムではないけど島田雅彦と共に私の気持ちを代弁していると思い、好んで聴いたのはイギリスの「The Smith」。この2人は私にとってひきこもりを堂々とテーマとして選び成功した人物で憧れている。私が覚えている限りでは歌詞の中で「君は明日仕事に行くのかい?もしも僕が同じ立場だったら仕事に行くくらいなら死を選ぶね。」簡単に言えば、働らかなければならない状況に追い込まれたら自殺をする、といったテーマを形を変えて主張したバンドだった。正確な歌詞が手元にないので不正確な情報ですみません。

寺山修司もかつて好きでした。寺山修司のようなスタンスの人物も存在していたことだし、ひきこもり的性質に悩んでいても日本においてもいつの時代でも温かく迎えられていたのではないだろうか?

島田雅彦と似たスタンスの女性作家をあげると吉本ばななが近い雰囲気だと思う。後は笙野頼子。最近は何年も私は小説なんか読んでないので思い出せるのはこのくらいが限界だ。ポール・オースターも孤独をテーマに選んでいる現代小説家で好きでした。他にもあげようと思えばきりがない。ひきこもり文学として中原昌也もリストに加えることが出来るかもしれない。

▼記事関連リンク
フランツ・カフカ「変身」
島田雅彦「天国が降ってくる」
島田雅彦「夢遊王国のための音楽」
寺山修司「家出のすすめ」
笙野頼子「なにもしてない」
スミス「ザ・スミス」
The Smiths / Still Ill (7曲目) 試聴可能リンク

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