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株式市場でゴドーを待ちながら

日曜日は一番一週間のうちでウキウキする曜日だ。株をやる以前は一番憂鬱な曜日だったのが、状況が変われば心の持ち方も変わるものだ。

「笑点」や「サザエさん」に憂鬱な心理状態を反映させて八つ当たりで、憂鬱な変化のない番組だと嫌う気持ちも消え、清々しい気持ちで目を輝かせて、テレビをリラックスして眺めている。私は株式市場が好きだ。

また月曜日になれば、株式市場さんのお姿を陰ながら眺めることが出来る。株式市場さんが私には微笑まなくても、株式市場さんの立ち居振る舞いや細かいクセが私に影響を与え、動揺させ、狼狽させ、教育されてしまう。株式市場さんに好かれる態度や考えを日々研究し、株式市場さん好みの男に見えるよう自分を演出しようと、日々作戦を練っている。

その大半は無駄な徒労に終わってしまうのだが……私はめげない。気をしっかり持たないと。こうも毎日暇な私の気持ちを揺さぶり、狼狽というしかない気持ちを毎時毎分毎秒味あわせてくださる方は株式市場さんだけ。

株式市場さんの微笑みは眩し過ぎて、目に毒だ。株式市場さんの微笑みは、最大瞬間風速なのか、天井を突き抜ける勢いはあるものの、一瞬の下落をみせているだけか、全くの気まぐれなのか、全くの気まぐれと見せかけておいての、今後の上昇指向のプレビューなのか、単に人違いによるはにかみの表情なのか?株式市場さんの一挙手一投足に対する瞬時の理解が私には求められている。

私は株式市場さんに顔も覚えて貰っていないので、こちら側に振り向いて下さる機会は最大限利用したい。最大限のチャンスをつかみ、幸福な気持ちに浸りたい。

今日は株式市場を擬人化した表現にトライしてみました。株式市場と私の関係は、人を愛する、憧れる、といった部類ではなく、地球に恋するといった表現方法が私の気持ちとしては近い。地球に恋をするのは狂気の沙汰だろうか?それとも私は株式市場のおこぼれに預かるコバンザメに近いのだろうか?

それとも映画で見かけるような、信号待ちの車の窓を強引に清掃して、対価として小銭をせびるホームレスと同じようなものだろうか?おとなしく空き缶を置いて、小銭を恵んで下さる方の目に留まるのを待つ日々なのか?

いつも私が思うのはイライラせずに待つことが大事だ、という感想を持つので、これが一番近いのか?

▼参考リンク
サミュエル・ベケット著作 『ゴドーを待ちながら』
いとう せいこう著作 『ゴドーは待たれながら』

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